山陽リレーコラム「平井の丘から」

農福学連携をとおして 大島珠子
[2022年11月24日]

掲載日:2022年11月24日

みなさんは、農福連携をご存じですか?一般的には農業の人手不足と福祉の労働場所の確保をマッチングしたものと言われています。しかし、とても奥深く、農業分野で活躍することを通じて、自信や生きがいを持って社会参画を実現していく取組でもあります。

2019年にはノウフクJAS日本農林規格)が制定されました。ノウフクJASは「多様であること」に価値を見出します。農福連携商品の背景にある社会的価値を認めるこの規格によって、障がいの有無に関わらず、すべての人が自他の多様性を受け入れ、非均一性の中にある優しさや強さに価値を見出すひとつのきっかけとして、豊かな共生社会実現の一助となることが期待されています1

 学生時代に公衆衛生学をご指導いただいた先生から「おもしろいことやってるよ」と、先生が保健所長を務める地域の農福連携を紹介していただいたことが、私と農福との出会いでした。その地域は自殺対策をきっかけに地域の健康づくりとして先駆的に取り組まれていました。

農福の素晴らしいところは、農福連携をとおしてこれまで出会うことのなかった農家の方や林業、酪農など農林水産分野の方々とたくさん出会って輪が広がっていくところです。研究として一緒にノウフクJASを用いた商品開発、販路開拓をさせていただいている農家さんからは、「農福学連携だね」と大学も仲間に加えていただいた言葉を頂戴しました。自分の役割、居場所を作っていただき、とても嬉しかったことを覚えています。誰でも役割と居場所があることは大切なことです。これからも農福連携の研究を通じて、少しでも社会貢献につながればと思います。

1) https://noufuku.jp/know/jas/



就労継続支援A型事業所「杜の家ファーム」が取得したノウフクJASイチゴ「よつぼし」を用いたイチゴのパウンドケーキ

母と私と息子たち 目良宣子
[2022年10月3日]

掲載日:2022年10月3日

子どものころ遊んだ川沿いの歩道で、「子ども叱るな来た道じゃ、年寄笑うな行く道じゃ」と記された看板に目が留まり、今でもふと思い出す。

子育ての頃は、命の危険が伴わない限り、警察のお世話にならない限り、叱ることなど何もないという信念をもって、家庭の中では笑顔を絶やさないように努めてきた。育児とは、『子どもを育てること』というよりも、育自=『自分育て』ではないかと感じてきた。

辛いことや苦しいこともあった。生後間もなくに生死をさまよった息子の闘病生活では、私が針の筵の上に立たされているようで、可能なら代わりたいと何度も思った。命が救われた代償に声を失った息子。顔はゆがんでいるのに、泣き声一つ聞こえない日々が半年以上も続いた。空腹なのか、おむつなのか、不快や痛みがあるのか何も分からず、いろいろ試しながら対応するしかなかった。介護休暇のような育児休暇が明けての職場復帰にも悩んだ。

 

そんな私の背中を押してくれたのは母だった。息子は奇跡的に声も回復し、中学3年生までの3度の大手術を乗り越えて成人を迎えた。夏にはパパとなり、ひ孫を抱っこしてもらうはずだったのに、あと4か月を待てず、母は4年前に80歳で旅立った。

私が子どもの頃、母はよく病気や事故で入院し、一時期、家族はバラバラに暮らしたこともあった。そんな幼少期や小・中学生時代を過ごしてきたが、私が共働きで奮闘しているときには比較的元気で、献身的に孫たちの面倒をみてくれた。天然で、我が家よりもご近所や友達を大事にし、いつも頭を下げてばかりいた母を疎ましく感じるときもあった。

私と息子たちでこんなやりとりがあった。「引っ越し8年目で初めてゴキブリが出た。実家じゃ普通やろうけど朝から気分が良くない。でもムカデよりましか」「ゴキブリは不衛生やけど臆病やからまだ対処できる。でもムカデが出たら冷静さを失うわ。おばあちゃんみたいに手づかみで駆除するのは無理やから」母の登場に思わず笑ってしまった。

孫たちには優しい母だったのに、そんなたくましさもあったのだと、娘である私も初めて知った。何気ないやりとりで、今は亡き母を偲ぶ。そして改めて、母は息子たちの心の中で確実に生きていると実感した。

 

地域には、様々な家族の形や歴史、生き様がある。対人サービスを担う私たち専門職は、他者への理解を深めるとともに、時には自身を振り返り、思いを馳せてみてはいかがでしょうか。

「地元」に伝え残したいもの 大木淳子
[2022年9月21日]

掲載日:2022年9月21日

辛味とは基本五味(甘味、塩味、うま味、苦味、酸味)とは異なり、味覚ではなく刺激としての感覚になります。辛味は消化管も刺激しますので、おいしく食べられる辛さが一番だと思いますが、この刺激がくせになる人も多く、辛さを求めた商品や料理は、一部で根強い人気があります。ここで、辛さの代名詞でもある「唐辛子」の歴史について、私の地元の話をしたいと思います。

江戸時代、新宿周辺は唐辛子の産地でした。

内藤家の下屋敷であった現在の新宿御苑周辺では、唐辛子を含む野菜を栽培していました。江戸時代は蕎麦が大流行し、唐辛子は薬味として大変人気となり近隣の農家も唐辛子の生産をしました。収穫の時期になると一帯は真っ赤に染まったそうです。この「内藤とうがらし」は、ほどよい辛味を持つ八房系の唐辛子でした。しかし、江戸の町の繁栄によって人口が増加し、また唐辛子も辛味の強い「鷹の爪」が主流となり、内藤とうがらしは衰退しました。

しかしながら現代になって内藤とうがらしは「江戸東京野菜」として復活しました。2010年に地元の団体がこの唐辛子の栽培、普及を目指し、地道な活動を続けました。今では苗の販売や、内藤とうがらしを使った企業とのコラボ商品などを展開するまでになりました。私自身も地元のイベントでこの唐辛子を知り、苗を買って栽培したことがあります。8~9月頃には真っ赤で小ぶりな唐辛子がたくさん収穫できました。自宅で育てることのだいご味は、摘んだばかりのものを料理に使えることです。乾燥させて使用するのもよいのですが、摘みたてはフレッシュな辛味と、噛んだときの風味の広がりが格別です。

長い歴史の中で、私たちが普段食べるものは、安定供給できるものや、品種改良でよりおいしくなったものに取って代わり、それに該当しないものは市場から消えていくような淘汰が起こっています。一方で、今回の内藤とうがらしのように、時代を超えて復活し、地元の歴史を伝えてくれる食材として地域活性化に一役買った事例もあります。

自身が育った「地元」の食材に目を向けてみてください。食材を通して地元の歴史を伝え、これからの未来のことを考えられたら素敵ですね。


参考資料

新宿名物、復活!内藤とうがらしプロジェクト|公式サイト  https://naito-togarashi.tokyo/

プラットフォーマーと大学 西川英臣
[2022年8月1日]

掲載日:2022年8月1日

皆さんはプラットフォームと聞かれて何を思い浮かべるでしょうか?

多くの人は鉄道の駅のプラットフォームを思い浮かべる人が多いのではないでしょうか。

また、家庭用ゲーム機を思い浮かべるゲームが好きな人もいることでしょう。

現在のビジネスの世界では、「複数のユーザーグループや、消費者とプロデューサーの価値交換を円滑化するビジネスモデル」のことをプラットフォーム、このビジネスモデルを展開する企業のことをプラットフォーマーといいます。わかりやすく言えば、人と人、あるいは組織と組織をマッチングすることによって価値を作り出すようなビジネスのことです。

従来のビジネスは物を作って売ることを基本としていました。アメリカのゼネラルモーターズ、日本のトヨタ自動車をはじめとして、各国の20世紀を代表する企業の多くは「ものづくり」企業でした。

 しかしながら、現在のビジネスを代表する企業群であるGAFAは違います。GAFAとは、GoogleAppleFacebookAmazonの4つの企業のことをいいます。いずれも人と人、組織と組織を結びつけることによって世界的な企業にまで成長したプラットフォーマーです。

 その他にも他にも売りたい人と買いたい人をマッチングさせるメルカリ、泊めたい人と泊まりたい人をマッチングさせるAirbnb、寄付を集めたい人と寄付したい人をマッチングさせるCampfireなど、人と人をマッチングさせるビジネスは大きな注目を集めています。

 最近、これらのプラットフォーマーと大学は共通している部分があるように感じることが増えてきました。そう感じるのは、私の所属する地域マネジメント学科が、地域のことに興味がある学生と、地域に若い人の活力を取り込みたい自治体・企業・団体をマッチングさせることをミッションの一つとして、意識的に取り組んでいるためです。

 より広く捉えると、大学は人と人との出会い場であり、そして大学時代に得た友人や恩師、フィールドワークなどを通じて出会った人たちとの「つながり」は、その後の私たちの人生に大きな価値をもたらします。

 そうした「つながり」の価値をより意識的に伝え、様々な形で提供できることが現在の大学に求められているあり方の一つなのかもしれません。

 

参考文献

アレックス・モザド、ニコラス・L・ジョンソン(2018)藤原朝子訳『プラットフォーム革命:経済を支配するビジネスモデルはどう機能し、どう作られるのか』英知出版.

新たな教育県岡山に向けて 菅野昌史
[2022年7月21日]

掲載日:2022年7月21日
カテゴリ:地域マネジメント学科

今を去る150年前、1872(明治5)年8月、学制が発布された。国民国家を支える人材を養成すべく初等教育が開始され、満6歳になった男女はみな小学校に通うこととされた。そのため各地で小学校の開設が進められたが、多くはそれまであった寺小屋や私塾などの庶民教育機関を母体として成立した。誰もが教育を受けられるようになるこの政策は、一見すばらしいことであるが、各地で一揆が起こるほど反対も強かった。授業料に加え、学校の建設費までが国民の負担になったことや、貴重な働き手を学校に奪われることが、農業を営む家庭などにとって大きな痛手であったからである。

 

当然そうした反対は岡山県内でもあったと想像できるが、学制発布以来、県の就学率は全国平均を大きく上回っていた。日本初の庶民のための公立学校・閑谷学校を創立した地域であり、そうした教育を重んじる土壌が影響したのではないだろうか。

 

さて、それから150年後、戦後26回目の参院選が710日に実施された。選挙では各争点のほかに、若者の投票率も注目を集めていた。2015年の法改正で選挙年齢が18歳に引き下げられたが、今年4月成人年齢も同様に18歳となったことがその背景にあるだろう。では、結果はどうだったのか。総務省のまとめによると、10歳代の投票率は34.49%となり、前回から2.21ポイント上昇した。しかし、全体の投票率52.05%からは17.56ポイント下回り、選挙権年齢引き下げ後に実施された2016年の参院選以降では最も差が大きくなった。

 

岡山県について同様の最新データは見つけられなかったが、全体の投票率は前回を2.15ポイント上回るものの、全国平均に及ばず過去2番目に低い47.23%であった。また、県内の10 歳代のこれまでの投票率をみると、これも総じて全国平均を下回る傾向が続いている。こうした事態は、岡山県が「教育県岡山」という看板を掲げるのであれば、まずもって取組むべき課題のひとつといえるのではないだろうか。しかし、ピンチはチャンスともなりうる。大学と高校が連携して主権者教育により積極的に取り組むことで、若者の投票率を大幅に上昇させることができれば、教育県岡山の新たなイメージ発信にもつながるのではないだろうか。

 

[参考文献]

岡山市平井学区コミュニティ協議会平井郷土史編集委員会(編)(1994)「第4章 明治維新後の平井のあゆみ(昭和初期まで)6.教育」『ふるさと平井』pp.120-130

現場から得られる宝物 横溝功
[2022年6月8日]

掲載日:2022年6月8日
カテゴリ:地域マネジメント学科

 「地域マネジメント実習」がはじまって、今年度で3年目になります。各学生(3年生)が、前期に、企業、団体、官公庁に受け入れてもらって、現場で実習するという授業形態です。もちろん、当該実習の前後には、事前学習、事後学習を行い、問題意識の醸成、問題解決に向けた提案づくりを教員がサポートすることになります。実習の前後で、学生の成長には著しいものがあります。本当に、学生を受け入れてくださる多くの組織の皆様には、頭が下がる思いです。有り難いことと感謝いたしております。

 「百聞は一見に如かず」という諺があります。当該実習は、まさしく、この諺を体現したものといえます。ただし、ここで留意が必要です。単に見るだけでは、何も頭に残りません。何か引っかかるものを頭に残すためには、問題意識を持って見る必要があります。そのための事前学習ともいえます。

 さて、「セレンディピティ」という言葉があります。偶然の出会いによって、新しい宝物がもたらされることです。ニュートンが、リンゴが木から落ちるのを見て、「万有引力の法則」を発見しました。「セレンディピティ」の代表的な事例として、このことをあげることができます。しかし、リンゴが木から落ちるのを見ても、問題意識がなければ、当たり前のことと見過ごされてしまいます。ニュートンに高邁な問題意識があったからこそ、リンゴの落下を見て、「万有引力の法則」にたどり着いたといえます。

 以上のことは、「地域マネジメント実習」にも当てはまります。問題意識を持って、当該実習に臨むことが肝要といえます。そのことによって、問題解決への一筋の光明という宝物を得ることにつながるのです。

 今年度も、各学生が、固定観念にとらわれず、若い発想で、問題の発見、問題解決に向けた提案づくりに、生き生きと取り組むことを楽しみにしています。

 

参考文献

伊丹敬之『場の論理とマネジメント』東洋経済新報社、2005

好感度はどう上げる? 藤田依久子
[2022年5月27日]

掲載日:2022年5月27日
カテゴリ:生活心理学科

「夏と冬あなたはどちらが好きですか?」

「友達はたくさんいますか?」

「動物は好きですか?」

「パンケーキとパフェだとどちらが好きですか?」

「旅行は好きですか?」

「犬派ですか、それとも猫派ですか?」

 

これらの質問に回答するのに、どのくらいの時間がかかっただろうか。これは、カリフォルニア大学のウィンター教授が行った実験を模したものだ。被験者に対して、特に正解のない質問を次々に出して回答するまでの時間を測った。ここでは、熟考して時間がかかる人と、よく考えないですぐに答えを出す人がいることが分かった。さらに「幸福な人ほど答えを出す時間が短い」ことも明らかになった。

 

また心理学では「優柔不断な人よりも、決断の早い人の方が人間関係が円満である」というデータもある。例えば「お茶にしますかコーヒーにしますか?」と言われたとき、どちらでもよいので「コーヒー(またはお茶)をお願いします」と即答すると、相手に明るい印象を与え好感度が上がるのだ。

 

決断が遅い人は、細かい事にこだわる粘着気質の人が多い。心理学で言う粘着気質とは、後悔の念を強く持つ傾向があり、過去に縛られやすい性格を指す。逆に、何にでも即答する人は、物事に執着せず未来志向の人が多い。そのことを経験的に分かっているので、人は決断の早い人を「明るく善良な人間である」と判断するのだろう。

 

「どんな質問に対しても素早くポジティブに返答する」という習慣は、今日からすぐにでもできるし、あなたの人間関係を円滑にするだろう。

 

ではこのコラムの最後の質問を投げかける。

「心理学は好きですか?」

 

英語圏へのどこでもドア 中野香
[2021年6月2日]

掲載日:2021年6月2日
カテゴリ:言語文化学科
 教育の場では、常に敵役という役回りのスマートフォンであるが、こと英語学習に関する限り、スマホはこの上なく役に立つ、「英語圏へのどこでもドア」であると言える。
 私が大学生だったのは、1980年代後半のことである。当時、海外は、それまでよりはぐんと身近に感じられるようになっていたが、それでも、ネイティブスピーカーの話す英語というのは、手に入れるのに手間も費用もかかる貴重品であった。洋画、カセットテープの英語教材、テレビやラジオの英語講座。テレビでは、二か国語放送が始まっていたが、ステレオ放送のテレビやビデオ・プレーヤーは高額で、すぐに視聴というわけにはいかなかった。そして、これらから聞こえてくる英語というのは、あらかじめ台本等で、話すことを準備されている類の言葉であることが、ほとんどであった。VOAやFENのラジオ放送や、English Journalといった英語学習雑誌で扱われる、有名人のインタビューなどでは、準備されていない、自然に口をついて出てきた言葉を聴くことができたが、電波の受信が難しかったり、費用がかかったり、学生には、やはり、一筋縄ではいかなかったのである。
 ところが、今は、手のひらのスマホをタップすると、誰かが英語学習者のために、作ってくれたコンテンツはもちろん、普通の高校生が、ある日の買い物で何を買ったかについて、えんえんと紹介している動画や、何人かで話題の映画について語り合っているpodcastがあったりする。ネイティブ・スピーカーの話す英語が、特に追加の料金もかからずに、無限に視聴できるのである。そして、言い間違ったり、言いよどんだり、台本などは無い、自然に口をついて出てきた言葉が、いくらでも聞こえてくるのだ。大学生の私に、今の状況を教えてやりたい。興奮のあまり、卒倒して寝込んでしまうかもしれない。
 YouTubeでもTwitter でも、自分の好きな、或いは興味のある英語圏の物や人を探して、観て聴いて楽しんでごらん、と学生達にも熱弁をふるってみる。しかし、あまりにも初めから、あまりにも自然に、あまりにも膨大に、英語が手中にあるせいか、学生達からの反応は薄い。彼らとこの感激を共有するのは、どうにも難しそうで残念である。

不要不急の30年  田辺大藏 
[2020年7月16日]

掲載日:2020年7月16日
カテゴリ:言語文化学科
 狂言の本番に出演することも、もう少しで200回を数えようとしている。自らを「サザエさん狂言」と称し、一向に成長しないことを旨としている。しかし、狂言は学ぶものの年齢や技量によって、そのできる演目が限られる。認知度の低い芸能だが、いわゆるレディネスというものが存在するのである。大蔵流では、平物、内心物、本心物、小習、重習、極重習と分類される。重習、極重習には併せて六つの演目があるが、これは玄人でも一定の技量を積まないと上演の許しが出ない。しかし、その一つ下の小習のいくつかを演じることができているのだから、素人としてはよしとせねばならない。

 初心者ものから口伝で倣い、言葉、所作、小謡、小舞を少しずつ身につける。言葉一つとっても、発声方法から、発音、抑揚、強弱、緩急、間などを師の教えのとおり、オウム返しで反復する。稽古は無我無心でひたすら真似る。そして直される。学習者としては同じようにやっているつもりだが、何度やっても直される。どこがどうダメなのかは分からないが、あるとき急に許可が出る。千日修行ではないが、終えた者にしか見えない世界があり、そこから見たら、大きな差が見えるのだろうと一人で合点し、自らを納得させる。
 そんな自分ではあるが、小学校から高校、はてはプロの演劇集団から狂言教室の依頼を受けることがある。最も身体を動かすことに長けている高校生とて、私のただ立つ姿を自らの身体に転写できない。膝の曲げ方、腰の入れ方、背骨の伸ばし方、頸椎の角度など、重心の置き方から目線・指先まで、形にならない上に苦痛を伴うらしい。生まれたての仔馬のように、足をぷるぷるさせている。「舞台ではその格好で、長い演目だと一時間以上、立ち続けます」と言うと、悲鳴にも似た声を上げ、へたり込む女子生徒もいる。この立つだけの「構え」ができたとしても、当然、舞台を務めることはできない。その「構え」をしたまま、舞台上を歩行移動しなくてはならないからである。これを「運び」というが、場や演じる役柄によって微妙に違うのである。その一方で共通していることもある。頭部が前後、左右、上下にブレないことである。これらの視点をもって舞台を見るだけでも、きっと面白くなるはずである。

 実は、まだまだ狂言の奥は深い。例えば、劇中の言い回しや装束、所作や人間関係、構成など、知れば面白くなること請け合いである。しかし、狂言は新型コロナ感染の危険な三条件と言われる密閉、密集、密接のすべて満たしている。さらに、並外れた大きな声を出す。その上、不要不急の最たるものと誰もが認める。おかげで、この正月に舞台に立って以来、すべての上演が中止となった。
 しかし、中止になって気がついた。私の人生は不要不急で成り立っていたということを。そして、狂言のみならず、三密や不要不急のものにこそ、豊かな人生を紡ぐ要素が潜んでいるかもしれないということを。

コロナ禍の中で  北岡宏章
[2020年6月30日]

掲載日:2020年6月30日
 昨年の末以来、新型コロナウイルスが世界中に大変な被害をもたらし、人々に不安や恐怖を与えている。6月末現在、日本では外出等の自粛はとりあえず解除されているが、収束にはまだ程遠い状況で、第二波の到来が懸念されている。人類にとって大変な災厄となった新型コロナウイルスであるが、その中に奇貨とすべきところなきにしもあらずである。「ステイ・ホーム」の呼びかけに従う中で、手持無沙汰な時間を用いて、多くの人が、これまで専門家と称する人々に任せっきりであった政治に注意を向けるようになった。また、家から出られない時の数少ない楽しみとして食事に関心を向ける人も増え、外食や買ってきた惣菜ですませるのではなく、自分の健康に真に必要な栄養素をよく考え、自炊を楽しむようになった。こうして、無理やり押し付けられた余暇を用いて、人々は今まで見過ごしてきたことや安易に習慣に委ねてきたことを見直し始めたのである。

 ここでJ.ピーパーの論(『余暇と祝祭』)を参考にしながら、「暇」ないし「余暇」(英語ではleisure、ドイツ語ではMuße)の意味を考えてみよう。ギリシア語の語源はscolēであり、学校を表すschoolやSchuleは語原の「余暇」との深いつながりをとどめている。アリストテレスの「余暇がものごとの要であり、すべてはそれを中心に回転している」との言葉に示されているように、古代ギリシアの考えでは、労働は余暇のためにあった。学校は本来、余暇を善用して世界を観想し、教養を身に付けるための場であり、知識や技術を詰め込むことに汲々とする場ではなかった。ピーパーによれば、キリスト教の精神生活の理想である「観想(contemplatio)」は、「日常生活のあらゆる心づかいや関心をはなれ、小さな自我を抜け出ることによって、世界をあるがままにながめ、その作り主にふれること」である。

 近代の産業社会は、労働と生産、そしてそのために行動することを何よりも重視する社会である。昨今、その進展のスピードはますます加速し、新奇なものや便利なものを次々と産み出し続けているが、その一方で資源を食いつぶし、地球環境を悪化させ、社会の格差をますます広げている。そしてその変化のスピードについていくために、多くの人々は膨大なストレスと疲労を抱え込んでいる。しかし、その渦中に巻き込まれている限り、そのこと自体を顧みる余裕はない。今回、外出自粛により無理やり与えられた閑暇の中で、今の世界がどうなっており、そこで我々がどのような生活を余儀なくされてきたのかを見直し、今後もこの方向を辿ることを本当に望むのかを改めて考えるきっかけとなるのであれば、コロナ禍のごくわずかの慰めとなるかもしれない。

手段の目的化  荒木大治
[2020年4月3日]

掲載日:2020年4月3日
カテゴリ:看護学研究科・助産学専攻科・看護学部
 以前勤めていた大学の初年時教育にて、教員にインタビューをして発表するというものがあった。質問内容は概要のみ事前に伝えられていた。その中で座右の銘は何ですか?という唐突な質問があった。座右の銘と言われすぐに出てくるものはなかった。
 大辞林には「常に自分の心にとどめておき、戒めや励ましとする言葉」とあった。いくつか候補になりそうな言葉は出てきたが、体験談や理由とともに明確に述べられるものはなかった。そもそもたった40年程度平凡に生きた私に、人生で大切だと思う格言を紡ぎ出すことはできない。

便宜的に私は次のように話し始めた。
 一週間考えたが、座右の銘のような大それたものは、未だ持ち合わせていない。人生の節々(学生のとき、看護師になったとき、大学院に行ったとき、結婚したとき、父を亡くしたとき)で大切だと感じたことはいくつかあったが、それも生きていく中で変化してきた。今回はそこからできた教育観を回答することで、座右の銘の代わりにしたい・・・(中略)
 学生は非常に淡々としており、何を小難しいことを話しているのだと訝しげな目で見ていたのを覚えている。

 看護師は、患者の生活背景や価値観についてしばしば聴く。病気を見るだけでは看護はできない。患者が入院しているのはほんの一時期であり、退院後は病気と折り合いを付けながらそれぞれの社会で生活をしていく。それゆえ、普段どんな生活を送っているのか、病気についてどう捉えているか、家族の協力体制等についても知ることが看護をする上で重要となる。

 学生の病院実習を指導していると、実習記録を埋めるために話を聞いていることがしばしば見受けられる。しっかり患者と話をするのはいいのだが、学生は目先の記録を仕上げることにとらわれ、その患者にとってそこまで重要ではない情報についてまで必死に収集している。学生は患者ではなく情報に心を寄せている。それゆえ非常に淡々としており、患者の気持ちを受けとめていない。もちろん課題をクリアすることは当然学生の目的ではあるのだが、それを第一の目的としてはいけない。目の前には病気と闘っている患者がいるのだ。情報は、看護に役立てないなら聞く意味がない。

 コミュニケーションの目的には大きく、情報の伝達、気持ちの共有の二つがある。前者については、情報を得ることの先に看護を行うという大きな目的がある。言い換えると、情報を得るのは看護をするための手段に過ぎない(図)。
 また、後者の気持ちの共有という意義においては、患者の話を傾聴する行為自体が看護ケアになりうるのだが、情報に集中しているような聴き方では、後者の目的であっても達成できない。

 相手に関心もって心を寄せて、話を聴かせていただく姿勢が大切だ。

 あのときインタビューを受けた学生には後日談をした。今や看護師になっているが立派に成長することを願っている。
 手段が目的化することは多々あるので、ときどき何が目的なのかに立ち返ることが大切である。

Hair Donation  那須明美
[2020年3月11日]

掲載日:2020年3月11日
カテゴリ:看護学研究科・助産学専攻科・看護学部

 2019年12月24日、クリスマスイブに念願だったヘアドネーションをしました。ヘアドネーションとは、髪の毛を寄付することです。Japan Hair Donation & Charity(JHD&C) は、脱毛症や乏毛症、小児ガンなどの治療や外傷等、何らかの事情で「頭髪に悩みを抱える子どもたち」に、ヘアドネーションによる献髪のみで作ったメディカル・ウィッグを無償提供することで「社会性の回復」をサポートし、子どもたちの未来を守ることを目的として設立されました。このことを知ったのは、5年くらい前に、私の趣味であるZUMBAのインストラクターの先生からの紹介でした。長年、ロングヘアーが好きで、白衣の時はお団子ヘアにしたり、ZUMBAでは長い髪の動きも楽しみながら踊っていました。ヘアドネーションには、31cmあれば、カラー、パーマ、ブリーチヘアでもOK、軽く引っ張っただけで切れてしまうほどの極端なダメージがなければ大丈夫です。できる美容室は限られていて、私は、Siriで「近くの美容室でヘアドネーションできるお店教えて」と検索し、予約しました。充分楽しませていただいたこの髪が誰かの助けになると思うと、とても嬉しく誇らしくも思い美容室の席に着きました。

 JHD&Cでは、病気や事故で髪をなくしても、クラスメイトから奇異な目で見られることなく、これまでどおりつきあえる、そんな仲間や友達がいる学校。「髪がない」ことも個性として迎えられる、そんな多様性のある社会をめざして活動されています。ヘアドネーションを通じて、多様性を受け入れ、ともに生きることの大切さも改めて感じました。長い髪を切られる方、Hair Donationされてはいかがでしょう?

参考資料
Japan Hair Donation & Charity(JHD&C) https://www.jhdac.org/index.html

セルフ・エフィカシー  加藤由美
[2020年2月25日]

掲載日:2020年2月25日
カテゴリ:看護学研究科・助産学専攻科・看護学部

 セルフ・エフィカシー(self-efficacy)って聞いたことありますか?

日本語では、自己効力感と訳されています。カナダ人心理学者アルバート・バンデューラが社会的学習理論の概念として提唱しました。

 自己効力感とは、ある特定の成果を上げるために「自分はきっとできる」「できそうだ」という確信の気持ちを実感を伴って持っていたり、自分にはその能力があると認知している状態と定義されています。このポジティブな感覚が、自己効力感だといえます。

 この「明るく前向き」は、開発すべき大きな能力だといえます。自己効力感は、もともとの性格ではなく、自身の体験から育てていくことができます。バンデューラが述べた4つの要件について、お伝えします。

  1. 成功体験:何かをやり遂げた、成功した実体験(小さなことでいいから成功体験を積む)
  2. 他人の成功体験:他の人が成功した体験をじっくり観察すること(モデリング:お手本となる人(自分に近い人がいい)の動作や行動を真似して、その人と同じ結果を得る)
  3. 言葉がけや励まし:他の誰かにできると励まされること(先生やコーチ、先輩)
  4. 高揚感と想像:できると思える環境に身を置いたり、ありありと想像したりすること(気持ちが上がる音楽を聴く、自分と違う世界の人やモノに触れて、刺激を感じる)

 上記の4つ「小さな成功体験」「モデリング」「励まし」「想像」を毎日の生活に意識的に取り入れて、自身の自己効力感を高めてみませんか?

「睡眠のお話」  梅﨑みどり
[2020年2月5日]

掲載日:2020年2月5日
カテゴリ:看護学研究科・助産学専攻科・看護学部

 すっきりとした目覚めは、1日のスタートを応援してくれます。そして、気持ちの良い睡眠は学習や作業効率のアップに繋がります。

 睡眠は年齢と共に変化するといわれており、睡眠時間は、新生児では1日16時間程ですが、成長するにしたがって減少します。夜間の睡眠時間は10代で約8.0時間、20代で7.0時間程度になり、40代で6.5時間、65歳では6.0時間と短くなります。睡眠によって、心と体の休息が得られ、記憶の整理やホルモンの調節、脳の老廃物の処理などがなされます。中年期以降には深い睡眠が減り、より浅い睡眠が増え、さらに高齢になると中途覚醒が増えます。そして、成人の約5人に1人が不眠の訴えを持っているともいわれています。

 厚生労働省の健康づくりのための睡眠指針20141)には、睡眠に関する基本的な考え方が示されています。勤労世代では日中の眠気が睡眠不足のサインでもあったりしますが、睡眠不足を感じて、ダラダラ眠ることや、就寝時間を早めることはむしろ逆効果になるそうです。

 心地よく入眠するための方法としては、昼間20~30分程度の軽いウォーキング、就寝時間を一定にする、就寝の約90分前のリラックスしたバスタイム、室温の調整、就寝の3時間前には携帯やパソコンの電源をOFFにする、ハーブティを飲むなど自分に合ったリラックス法をみつけることが良いようです。私は、首と肩の凝りが和らぐ枕を愛用しています。

 睡眠の質を高め、日々の暮らしを心豊かに過ごす方法を見つけてみませんか。

(引用文献)
1) 厚生労働省.健康づくりのための睡眠指針2014.[last access 2020 Jun 25].Available from: https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-10900000-Kenkoukyoku/0000047221.pdf.
画像:https://www.happy-semi.com/aroma/index.html

「ノーメディアデー」に想う  田村 裕子
[2020年1月17日]

掲載日:2020年1月17日
カテゴリ:看護学研究科・助産学専攻科・看護学部

 2019年5月下旬に、世界保健機関 (WHO) により、インターネット依存の下位項目の1つである「ゲーム障害」が、正式に病気であると認められました。

 スマートフォンや携帯電話等インターネット接続機器の普及が進展し、長時間利用に伴う子供たちの生活習慣の乱れや心身への影響も気になるところです。これらへの対策の一つとして「ノーメディアデー」の取り組みがあります。

 子供たちについては、このような取り組みがなされていますが、大人についてみるとどうでしょうか?自分自身を振り返ってみますと、インターネットや携帯電話等、テレビも含めたこれらのメディアと触れない日はないのではないかと思います。依存とまではいかなくてもインターネットを使わない日は殆どなく、また、携帯やスマホが気にならない日もないように思います。これらは情報を得る手段として、また、コミュニケーションツールとしても非常に便利なものです。子供と違い、大人の場合は、仕事をする上でも、重要なものになっていると考えられます。

 私は、以前、停電になった日に、これらの機器の充電もできていなかった時、非常に不安になった経験があります。あまりにも便利になり、その事に慣れ過ぎて、これらに頼り切っている自分に気づいた日でした。不安になった反面、心と時間のゆとりの必要性も感じた日でもありました。子供たちだけではなく、大人の「ノーメディアデー」について、考えてみてもよいのではないでしょうか。

瞑想のすすめ!  揚野 裕紀子
[2019年12月17日]

掲載日:2019年12月17日
カテゴリ:看護学研究科・助産学専攻科・看護学部

 皆さんは、最近『瞑想』が静かなブームになっていることをご存知ですか。番組のタイトルは覚えていないのですが、「施設に入所して生活をしている認知症の方に毎日、3分間の『瞑想』を実践してもらったところ、実践前と比べると認知の機能に改善が見られた。」と、いう内容でした。その後も、「海外の企業で、勤務の合間に短時間の『瞑想』を取り入れたことで、仕事の効率がアップした。」と、報道されたのです。そこで、研究論文などを検索する「医中誌」で、『瞑想』と検索すると、690件も関連する研究あり、実際に、医療現場や教育機関、企業の中、災害後の被災者への対応等々として実践されていました。

 脳は毎日の生活の中で絶えず働いていますが、少しの時間でも考えることをやめて瞑想することで、脳をリラックスさせ自分の内面と向き合うことができるのです。つまり、瞑想は、目を閉じ、姿勢を正し、呼吸を整え、集中して、リラックス状態を作ることで、(1)ストレスが軽減される、(2)集中力アップが期待できる、(3)ポジティブシンキングになれる、以上の3つの効果があるといわれています1)。

 瞑想は1分間でも効果があるといわれています。睡眠前の布団に入った時、ゆっくりとした呼吸を心掛け、息を4秒間でゆっくりと吸い込み、その後、8~14秒かけてゆっくり息を吐きます。この呼吸を1~3分続けましょう。私はそのまま熟睡しています。


参考資料
1)寝る前にできる瞑想のやり方,https://earthlab.tech-earth.net/meditation-before-sleep/
2)脳科学の最前線を行く—飛躍的に進む瞑想研究,https://www.nippon.com/ja/views/b06105/

ラジオのススメ  浅原 佳紀
[2019年11月22日]

掲載日:2019年11月22日
カテゴリ:看護学研究科・助産学専攻科・看護学部

 私は自宅から大学までの片道約27kmの距離を自動車で通勤しています。朝晩の渋滞に巻き込まれ、1時間以上かかるこのストレスフルな時間、私を癒してくれるのは、車の中で聴くラジオです。私は高校生の頃から、ラジオを聴くことが大好きなのです。

 ラジオはテレビやインターネット動画などとは違って耳からの情報だけなので、何かをしながらでも聴くことができますし、ラジオの向こうで話している人がどんな表情で話してるのかな?などと想像力がかきたてられることも魅力です。そして、全然知らない人のはずなのに、ラジオのパーソナリティの人がすぐそこで自分に向かって話してくれているような、妙な親近感がわくことも魅力だと思っています。さらに私はよく番組宛てにメッセージを送るのですが、自分のメッセージが読まれた時には、よりラジオとつながった感覚になります。

 近年では様々な災害が起こり、その都度ライフラインが寸断され、大規模停電(ブラックアウト)や携帯電話の電波・通信網の麻痺などが起こり、情報が得られにくい状況になることが増えました。そのような時にラジオは重要な役割を発揮します。

 私は神戸で一人暮らしをしていた大学1年の時、阪神・淡路大震災で震度7を経験しました。地震直後ほとんどのライフラインが寸断されましたが、唯一情報を得ることができたのが、乾電池で動く携帯ラジオでした。通信網が混乱しても無線でどこでも受信できて、かつ自分の地域に根付いた情報を発信してくれるラジオは、災害時には欠かせない情報源となりうるのです。

 最近では防水タイプや手で回して充電できるようなタイプのラジオも売られています。皆さんも災害時の備えとしてラジオを買って、そして買ったついでに聴いてみて、たまにはラジオの世界に浸ってみてはいかがでしょうか。


画像出典:Amazon (SONY ポータブルラジオ ICF-B99)

ラグビー日本代表 「ワンチーム」の精神  井田 裕子
[2019年11月6日]

掲載日:2019年11月6日
カテゴリ:看護学研究科・助産学専攻科・看護学部

 ラグビーワールドカップの日本代表の活躍が記憶に新しい。日本代表は予選リーグでロシア・サモア・スコットランドを破り3戦全勝で決勝トーナメント進出、史上初のベスト8進出を果たしました。準決勝で優勝候補の南アフリカに惨敗したものの、日本列島にラグビー旋風を巻き起こしました。日本代表のプレーに元気づけられた方も多いのではないでしょうか。皆さまご覧になりましたか? 私は学生時代、ラグビー部に所属していた(マネージャーです)こともあって、懐かしい気持ちもあり、関心高く試合を観戦しています。できることなら終わって欲しくないです、ワールドカップ。

 今大会、日本代表は「ワンチーム」といった目標を掲げ、ワールドカップに臨んだそうです。主力メンバーも、控えの選手もスタッフも観客も含めた全員で戦う、といった意味が込められているとのこと。

 先日、ラグビー関連の新聞記事に目を通してると、決勝リーグを前に、日本代表の控えの選手が表彰を受けた、という新聞記事をみつけました。というのも、控えの選手が対戦相手の分析を徹底的に行い、スクラムやパス回しなど対戦チームの癖やパターンを練習し、主力チームへ還元することで勝利を掴んだ、という功績が評価されたとのこと。これだけ結果を残してメディアに注目されているチームで、主力メンバーではなく、裏方の控えの選手の方が表彰されることって少ないのではないかなと思います。

 この日本代表という「ワンチーム」の精神が特別な力を生みだして史上初の決勝リーグ進出に繋がったのかもしれません。

 各地で災害が起こり、多くの方が支援を必要としている今この時に、日本全体が「ワンチーム」となり、この苦境を団結して乗り越えていくこと、そのために今自分に何ができるのか毎日の生活の中で考えていきたいと思います。


参考資料:朝日新聞 朝刊2019年10月10日

【手前:リーチ・マイケル主将】


子は親の鏡  塩谷 由加江
[2019年10月19日]

掲載日:2019年10月19日
カテゴリ:看護学研究科・助産学専攻科・看護学部

 私は、4人のこどもがいる。性格は4人ともまったく違う。几帳面な子、天真爛漫な子、マイペースな子、破天荒な子。どの子も私にとっては本当にかわいい。けれど、どんなに愛情があっても子どもにイライラすることもある。子育て経験のある人は多かれ少なかれ誰しもが通る道ではないだろうか。子育ては、楽しい!と言いたいが楽しいことばかりではない。

 私は、いつも感じることがある。我が家は、私の余裕がなくなると子どもたちの喧嘩が増える。「子は親の鏡」とまさにその通りだと思う。私はいつも心がけていることが2つある。それは、子どもたちに「ありがとう」と言葉に出して伝えること。できるだけスキンシップをとって子どもと声を出して笑うことである。ある日、子どもたちと遊んでいるとき、私が大笑いをした。その時に長男が言った言葉が今でも忘れられない。「母さんが笑ったの久しぶりに見た!!」と。とても驚いたのと同時に日々の忙しさの中で余裕がなくなり心の底から笑うことができていなかった自分にグサリときた。子どもにとって身近な家族が「笑顔」でいることが幸せなのだと感じた。そして、子育てにイライラする時、子育てに行き詰まった時に、私はいつも読み返す本がある。ドロシー・ロー・ノルトらの著作である「子どもが育つ魔法の言葉」である。この本の中に「子は親の鏡」という詩がある。もし、子育てに行き詰まった時ぜひこの本を手にとってほしい。

 私は、この詩を読むと、子どもの未来のためにそういう親でありたいといつも願う。


【参考文献】
ドロシー・ロー・ノルト レイチャル・ハリス こどもが育つ魔法の言葉 研究所 2000年
子は親の鏡

アナログ時計の時空に想うこと  江口 瞳
[2019年9月30日]

掲載日:2019年9月30日
カテゴリ:看護学研究科・助産学専攻科・看護学部

 多様な現代において、デジタル時計とアナログ時計のどちらを好むかといった問いは愚問かもしれない。このような中で、あえて、アナログ時計で味わう感覚について述べたい。

 以前に、それまで使用していたアナログ時計からデジタル時計に換えたことがある。しばらくして、デジタル時計が示す文字に刻々と追いかけられ、不思議な緊迫感を受け、そのうち、電池が切れてからは使用しなくなっていた。アナログ時計では、昼食時までにあと何分ある、今日の昼食は何にしようかと思いを巡らす、あれはいつだったかと過去にさかのぼる、時空の広がりさえある、アナログ時計ならではの感覚に思える。

 看護師は、患者の脈を測るのは日常的なことであり、アナログ時計が好ましい。アナログ時計により、患者の脈を数え、同時に脈拍のリズムや強弱、あるいは患者のその時の状態を観察し、何をすべきかを考えている、専門的な職業の世界がある。

 アナログ時計とデジタル時計をうまく使い分けている人も多いかも知れない。どちらかの時計の是非論でもない。

 豊かで、便利なこのデジタルな生活空間の中で、アナログ時計の世界に繰り広げられる感覚、時をふと止め、瞬間に想いを巡らす、この感覚を大切にしたい。

 姑からもらった、今は引き出しの中にある電池切れしたデジタル時計が、私のアナログ時計の世界で、大切に動いている。アナログ時計の中での感覚の広がりや奥深さを、心に余裕を持って刻みたいものである。


令和元年(2019年)9月吉日


生業をつくり直す  建井 順子
[2019年9月10日]

掲載日:2019年9月10日
カテゴリ:地域マネジメント学科

 私はこれまで生業を生み出す人々に焦点を当て、事業がどのように成長してきたのかを調査してきました。それらは、一般的にはほとんど知られていない、地方の企業経営者や事業代表者がほとんどです。しかし、そうした人々の人生には、私たちを魅了し、示唆を与えるものが少なくありません。ここでは、そうした例を一つ紹介しましょう。

 ご紹介するのは、福井県鯖江市出身の蒔絵師Aさんのこれまでの歩みです。蒔絵とは、漆工芸の一種で、漆で文字や絵などを描いたうえから金や銀を蒔くことによって装飾する技巧のことを言います。

 蒔絵師の家系に生まれたAさんは、後継者となるべく、他の地域の蒔絵師のもとで修業を積みました。しかし、修業を終えて故郷に帰ってくると、大衆消費の拡大を背景に、伝統的な技法は軽視され、商業的な技法が好まれる時代となっていました。そうした流れに納得できなかったAさんは、百貨店の実演販売や神社の骨董市など、本来蒔絵師が出ていくことはありえなかった場に積極的に出ていきます。そこでは消費者と直接対面するため、率直であるがゆえに傷つくような意見をたくさんもらいます。反面、そうした意見がヒントとなり、従来蒔絵が使われることのなかった製品に蒔絵を使うアイディアを得て、新たなマーケットを開拓していきます。

 現在、Aさんは東京に拠点を置いて蒔絵教室を運営する傍ら、海外のコーディネーターとつながることで、蒔絵の技巧を世界に広げようとしています。このようにAさんは、自分が持つ技能を核として、伝統的な生業を新たな形態のものにつくり直してきました。この例のように、第一線で活躍している経営者、事業代表者の方に共通しているのは、生業をつくり変えることを決して恐れず突き進む、強い姿勢なのです。


<参考文献>
建井順子(2015)『同床異夢-漆器産地の行方』東京大学社会科学研究所研究シリーズNo.58

イケアでの思い出  岩本 隆志
[2019年8月27日]

掲載日:2019年8月27日
カテゴリ:地域マネジメント学科

 数年前、家の家具もそろそろ古くなったので買い替えのため、妻の要望で、家族で神戸のポートアイランドにあるイケアに行ったことがある。イケアに入ると、まず、ホットドックやコーヒーが7・80円で売られていた。家具を買いに来たのに食事をすることに違和感を覚えたが、あまりの安さにまず、軽食をした。

 後で分かったことであるが、北欧では、まず、食事をして、準備万端にしてから、買い物をする文化があるそうである。次に、買い物に進むと、紙と鉛筆が用意されていて、それを持って、気に入った商品の商品番号を記入するというルールとなっている。

 決まった順路に沿って一方通行に進むと、どの商品も目を見張る価格設定であり、何より驚いたことが、店員は一切客に対して、声掛けはしないし、家具には、「どんどん触れてください。」と書いてある。何故か分からないが、気分が楽しくなって来た事を覚えている。

 小物類は、そのままショッピングカートに入れて、気に入って購入する家具は、商品番号をメモした。最後に、家具はどこで購入するかシステムが分からずにいると、倉庫のようなゾーンに行きついた。もしかしたらと思ったが、そこで、客が品出し作業(ピッキング作業)を行うのである。

 そこで何故イケアが低価格で家具を提供できるのかが見えてきた。商品はフラットパックという規格のサイズに収まるようになっている。車のトランクにちょうど収まるサイズである。何もかもが計算されていることに感銘を受け、後に論文にまとめ学会発表までしてしまった。妻の要望で家具を買いに行ったことが新たな発見につながった。これからも妻には頭が上がらない。

3歳までは母の手で?  権田 あずさ
[2019年7月26日]

掲載日:2019年7月26日
カテゴリ:こども育成学科

「ワンオペも 逆手に取れば ひとりじめ」

 これは、金融のオリックスグループが毎年企画している「働くパパママ川柳」で2018年に大賞を取った川柳です。さて、この川柳を詠んだのはパパとママのどちらでしょうか?

 「ワンオペ」とは、「ワンオペレーション(one operation)」の略で、「1人ですべての作業を行うこと」という意味の和製英語です。主に、飲食店で1人しか店員がいない状態を指す言葉として使用されていますが、最近では、何らかの理由で1人で仕事と家事と育児のすべてをこなさなければならない状態を指す言葉としても使われています。そして、多くの場合「ワンオペ」しているのは母親です。

 日本では「3歳までは母の手で」という「3歳児神話」が根強いですが、男性(父親)やその親世代だけでなく、女性(母親)自身が育児は自分の責任だと考えている場合も少なくありません。

 確かに、生物学的に妊娠・出産が可能なのは女性だけです。しかし、女性だから子育てが得意なわけではありません。子どものほうも必ずしも母親を求めているとは限りません。子どもが健全に育つには、自分のことを大切に想ってくれる人が必要なのであって、それが母親でなければならないということではありません。そして、子どもは様々な人とのつながりの中で育っていきます。母親は、あくまでもそのつながりの中の1つなのです。

 先の川柳のように、大変な状況をポジティブに捉えられることはとても大切なことですが、我が子のかわいさや子育ての辛さをひとりじめせず、どうか周りの人たちと分かち合ってもらえたらと思います。


【参考】
オリックス働くパパママ川柳 https://www.asahi.com/ads/orix-senryu/vol2/result.html
根ヶ山光一・柏木惠子(2010). ヒトの子育ての進化と文化  アロマザリングの役割を考える. 有斐閣.
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いよいよオープンキャンパスが始まります  岡田 典子
[2019年6月18日]

掲載日:2019年6月18日
カテゴリ:こども育成学科

 6月のある週末、早朝に車を走らせていると、同じ体操服を着てヘルメットをかぶり自転車に乗った男子中学生の列に出会いました。

 20人位だったでしょうか。その列のなかにブカブカで真っ白な体操服が初々しい生徒が数人、先導する上級生から遅れまいと前を睨み力強くペダルを漕ぐ姿がありました。「入部して初めて練習試合に行くのかな。」などと、一人あれこれ想像しながら、彼らの無事と健闘を祈りました。そして、保護者や先生方もきっと同じ気持ちで彼らを送り出したことだろうと、思い巡らせました。

 目の前の中学生の姿と重なって、ふとオープンキャンパスの体験授業の光景が目に浮かびました。

 教員や在学生の話に熱心に耳を傾けておられる方、「山陽学園で学びたい」と決めて何度も参加される方、緊張した面持ちで質問に来られる方、そして、親ならではの視点から子どもたちをサポートしようと保護者の方々が毎年数多く参加してくださいます。在学生も、授業での学びの成果を発表したり、「自分達の経験が役に立つのであれば」と学生生活の体験談を語ってくれたりします。

 教育に携わる者として、本学に入学して学びを積み重ね、夢を実現されることを願うと同時に、改めて自らの役割と責任の重さを感じました。

 いよいよ、本学でも今年度のオープンキャンパスが始まります。

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幼児教育学科の体験授業の様子

「ぼたもち」の思い出  廣田 幸子
[2019年6月5日]

掲載日:2019年6月5日
カテゴリ:健康栄養学科

 岡山に来て約2ヶ月が経ちました。先日、家の近くのスーパーマーケットに行って気がついたことがあります。惣菜売り場に「ぼたもち」がないことを、、、

 私の故郷、福岡県の筑豊地方では、総菜売り場に1年中、ぼたもちが並んでいます。筑豊地区はかつて、石炭の産地でした。その石炭を採掘すると捨石(ぼた)とよばれる石が発生します。その捨石が山のように積み上がった山を「ぼた山」と呼び、ぼた山は、故郷の風景でもあります。炭鉱の仕事は重労働なので、甘いお菓子が必要だったことと、故郷のぼた山よりぼたもちを好んだのでしょう。

 その「ぼたもち」には同じ食べ物であって、食べる季節によって呼び分けられている「おはぎ」があります。春の彼岸の頃に咲く牡丹の花より「牡丹餅=ぼたもち」、秋の彼岸の頃に咲く萩の花より「お萩=おはぎ」、日本には四季があるからこそ、その季節に咲く花の名前がつくなんて素敵ですね。

 また、ぼたもちに欠かせない食材として、小豆があります。小豆は日本古来の食べ物として親しまれ、その食べ方には赤飯や小豆飯、餡などがあります。その赤飯や小豆飯の飯は、赤く色づきます。その赤く色づいた飯には、小豆の種子に含まれるアントシアニンなどのフラボノイドが結合しています。現在、私は、飯に結合した小豆フラボノイドが飯でんぷんの消化を抑制できることをテーマに、研究を行っています。研究で使用する小豆を見ると、祖母が作ってくれた粒あんのぼたもちが食べたくなります。

最近の更新状況
農福学連携をとおして 大島珠子[2022年11月24日]
母と私と息子たち 目良宣子[2022年10月3日]
「地元」に伝え残したいもの 大木淳子[2022年9月21日]
プラットフォーマーと大学 西川英臣[2022年8月1日]
新たな教育県岡山に向けて 菅野昌史[2022年7月21日]
現場から得られる宝物 横溝功[2022年6月8日]
好感度はどう上げる? 藤田依久子[2022年5月27日]
英語圏へのどこでもドア 中野香[2021年6月2日]
不要不急の30年  田辺大藏 [2020年7月16日]
コロナ禍の中で  北岡宏章[2020年6月30日]
手段の目的化  荒木大治[2020年4月3日]
Hair Donation  那須明美[2020年3月11日]
セルフ・エフィカシー  加藤由美[2020年2月25日]
「睡眠のお話」  梅﨑みどり[2020年2月5日]
「ノーメディアデー」に想う  田村 裕子[2020年1月17日]
瞑想のすすめ!  揚野 裕紀子[2019年12月17日]
ラジオのススメ  浅原 佳紀[2019年11月22日]
ラグビー日本代表 「ワンチーム」の精神  井田 裕子[2019年11月6日]
子は親の鏡  塩谷 由加江[2019年10月19日]
アナログ時計の時空に想うこと  江口 瞳[2019年9月30日]
生業をつくり直す  建井 順子[2019年9月10日]
イケアでの思い出  岩本 隆志[2019年8月27日]
3歳までは母の手で?  権田 あずさ[2019年7月26日]
いよいよオープンキャンパスが始まります  岡田 典子[2019年6月18日]
「ぼたもち」の思い出  廣田 幸子[2019年6月5日]