山陽リレーコラム「平井の丘から」

日本語の変化と日本語教師 山田勇人

掲載日:2023年8月8日
カテゴリ:言語文化学科
先日、研究室を片付けていたら、『日本語初歩』という外国人学習者向けの日本語の教科書が出てきました。この教科書はすでに絶版となっているのですが、1981年に出版されて以来、長い間、国内外の日本語教育機関で使われてきたものです。いい機会だと思い、改めてこの教科書を見てみると、興味深い点がいくつかありました。

「マッチ」「レコード」「テープレコーダー」「電報」「下駄」...。令和の時代にあまりに耳にしなくなったものばかりですが、この『日本語初歩』には、これらが初級の語彙として掲出されているのです。つまり、その当時はそれだけ使用頻度や必要性が高かったことを意味します。時代とともに、言葉は変化するのは当然のことですが、これらの語彙はそれを指し示す物自体が消滅した(あるいは、消滅しつつある)結果、使用もあまり見られなくなったものばかりです。わずか40年の間に私たちの身の回りの語彙も変わっているということなのでしょう。

このような現象は語彙だけではありません。日本語教育では初級の後半に「この道をまっすぐ行くと、駅があります。」「このボタンを押すと、ドアが開きます」のように接続助詞の「と」を使った文を学習します。一昔前の日本語教師であれば、この文法の使用例を示すために「道案内」の練習をするというのが定番でした。

教師:道案内をするときは、「~と、~」を使います。会話の例を見てください。
A:すみません、郵便局はどこですか。
B:郵便局はこの道を曲がって、まっすぐ行くと、ありますよ。
A:ありがとうございます。

しかし、この「道案内」は今の日本語学習者にはその必要性があまり感じられないでしょう。実際に、このような会話を練習しようものなら、「先生、アプリがありますから、人に道を聞きません。」と言われかねません。

久しぶりに私の目の前に現れた『日本語初歩』のおかげで、時代とともに日本語の使用の状況もまた変化しており、特に私たち日本語教師はその変化に敏感にならなければならないのだと痛感させられたのです。


『日本語初歩』(鈴木忍、川瀬生郎、国際交流基金日本語国際センター編 初版発行:1981年 出版社:凡人社) ※2023年8月現在は絶版
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