山陽リレーコラム「平井の丘から」

不要不急の30年  田辺大藏 

掲載日:2020年7月16日
カテゴリ:言語文化学科
 狂言の本番に出演することも、もう少しで200回を数えようとしている。自らを「サザエさん狂言」と称し、一向に成長しないことを旨としている。しかし、狂言は学ぶものの年齢や技量によって、そのできる演目が限られる。認知度の低い芸能だが、いわゆるレディネスというものが存在するのである。大蔵流では、平物、内心物、本心物、小習、重習、極重習と分類される。重習、極重習には併せて六つの演目があるが、これは玄人でも一定の技量を積まないと上演の許しが出ない。しかし、その一つ下の小習のいくつかを演じることができているのだから、素人としてはよしとせねばならない。

 初心者ものから口伝で倣い、言葉、所作、小謡、小舞を少しずつ身につける。言葉一つとっても、発声方法から、発音、抑揚、強弱、緩急、間などを師の教えのとおり、オウム返しで反復する。稽古は無我無心でひたすら真似る。そして直される。学習者としては同じようにやっているつもりだが、何度やっても直される。どこがどうダメなのかは分からないが、あるとき急に許可が出る。千日修行ではないが、終えた者にしか見えない世界があり、そこから見たら、大きな差が見えるのだろうと一人で合点し、自らを納得させる。
 そんな自分ではあるが、小学校から高校、はてはプロの演劇集団から狂言教室の依頼を受けることがある。最も身体を動かすことに長けている高校生とて、私のただ立つ姿を自らの身体に転写できない。膝の曲げ方、腰の入れ方、背骨の伸ばし方、頸椎の角度など、重心の置き方から目線・指先まで、形にならない上に苦痛を伴うらしい。生まれたての仔馬のように、足をぷるぷるさせている。「舞台ではその格好で、長い演目だと一時間以上、立ち続けます」と言うと、悲鳴にも似た声を上げ、へたり込む女子生徒もいる。この立つだけの「構え」ができたとしても、当然、舞台を務めることはできない。その「構え」をしたまま、舞台上を歩行移動しなくてはならないからである。これを「運び」というが、場や演じる役柄によって微妙に違うのである。その一方で共通していることもある。頭部が前後、左右、上下にブレないことである。これらの視点をもって舞台を見るだけでも、きっと面白くなるはずである。

 実は、まだまだ狂言の奥は深い。例えば、劇中の言い回しや装束、所作や人間関係、構成など、知れば面白くなること請け合いである。しかし、狂言は新型コロナ感染の危険な三条件と言われる密閉、密集、密接のすべて満たしている。さらに、並外れた大きな声を出す。その上、不要不急の最たるものと誰もが認める。おかげで、この正月に舞台に立って以来、すべての上演が中止となった。
 しかし、中止になって気がついた。私の人生は不要不急で成り立っていたということを。そして、狂言のみならず、三密や不要不急のものにこそ、豊かな人生を紡ぐ要素が潜んでいるかもしれないということを。

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