山陽リレーコラム「平井の丘から」

英語圏へのどこでもドア 中野香

掲載日:2021年6月2日
カテゴリ:言語文化学科
 教育の場では、常に敵役という役回りのスマートフォンであるが、こと英語学習に関する限り、スマホはこの上なく役に立つ、「英語圏へのどこでもドア」であると言える。
 私が大学生だったのは、1980年代後半のことである。当時、海外は、それまでよりはぐんと身近に感じられるようになっていたが、それでも、ネイティブスピーカーの話す英語というのは、手に入れるのに手間も費用もかかる貴重品であった。洋画、カセットテープの英語教材、テレビやラジオの英語講座。テレビでは、二か国語放送が始まっていたが、ステレオ放送のテレビやビデオ・プレーヤーは高額で、すぐに視聴というわけにはいかなかった。そして、これらから聞こえてくる英語というのは、あらかじめ台本等で、話すことを準備されている類の言葉であることが、ほとんどであった。VOAやFENのラジオ放送や、English Journalといった英語学習雑誌で扱われる、有名人のインタビューなどでは、準備されていない、自然に口をついて出てきた言葉を聴くことができたが、電波の受信が難しかったり、費用がかかったり、学生には、やはり、一筋縄ではいかなかったのである。
 ところが、今は、手のひらのスマホをタップすると、誰かが英語学習者のために、作ってくれたコンテンツはもちろん、普通の高校生が、ある日の買い物で何を買ったかについて、えんえんと紹介している動画や、何人かで話題の映画について語り合っているpodcastがあったりする。ネイティブ・スピーカーの話す英語が、特に追加の料金もかからずに、無限に視聴できるのである。そして、言い間違ったり、言いよどんだり、台本などは無い、自然に口をついて出てきた言葉が、いくらでも聞こえてくるのだ。大学生の私に、今の状況を教えてやりたい。興奮のあまり、卒倒して寝込んでしまうかもしれない。
 YouTubeでもTwitter でも、自分の好きな、或いは興味のある英語圏の物や人を探して、観て聴いて楽しんでごらん、と学生達にも熱弁をふるってみる。しかし、あまりにも初めから、あまりにも自然に、あまりにも膨大に、英語が手中にあるせいか、学生達からの反応は薄い。彼らとこの感激を共有するのは、どうにも難しそうで残念である。

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